2009年5月31日日曜日

私は味音痴か?


 私は、海外旅行に行けば、徹底的に現地の物を食べる。
 日本料理店なんか一切行かない。そして、よく言われる。「お前味音痴だから
何でも食えるんじゃないのか」と。
 だが、本当にそうか。
 一応自分でも何が上手くて何がまずいか分かっていると思う。
 まずい物食ったて、死にはしないだろう。人が食える物は人は食える。
 「何を食べるかではなく、どのように食べるかだ」と茂木健一さんが、言っていた。
 まさに、我が意を得たりである。
 そう、どんなにおいしくたって、雰囲気が悪かったり、嫌いな人とだったりすると、
おいしさは半減するものである。
 心が踊り、自分の好きな人とだったら、そんなにおいしくなくたって、上手く感じるものである。
 わざわざ、まずい物を食べる必要はないと思うが、今食べている食事を
楽しくするかどうかはあなた次第である。

素晴らしい一日を生きるぞ

 これは家で飼っている犬です。名前は虎といいます。弟が名付けました。本当にかわいい。
 私は茂木健一郎さんのブログを拝読させていただいている。
 彼は、毎朝欠かさずブログを更新なさっている。そして、昨日の仕事で感じたことを
書いていらっしゃる。
 毎日、毎日新しいこと(彼のいうアハ体験)を見付け、縦横無尽に精力的に仕事をなさって
るのをみていると、何かこちらも一生懸命この日を生きねばという気にさせられる。
 今日も、一日一生懸命生きるぞ! 勉強するぞ!
 

2009年5月29日金曜日

新しい資本主義

 原油価格が1バレル60ドル前後まで再び上昇しているみたいだ。実体経済を離れ架空の金を操り儲けようとする、ファンドの連中など閉め出してしまうべきだ。彼らは短期に利益をあげることばかり、考え人々の幸せにとって、本当は何が要かなぞは考えてはいないのだ。
 そんな、金融工学のみ信じた連中に任せた結果、今度のサブプライム問題が起こったのだ。金融は本来実体の経済を助け、雇用を創出し、人々を豊かにするためのものであるはずだ。それなのに、我々の生活を豊かにするどころか今度の世界大恐慌をおこしたのだ。株というのは、皆が金を一所に集め、それの取り合いをする一種のゲームである。多くの人が損した分だけ、儲けた連中がいるのだろう。経済産業省がもっと、日本の投資家を増やそうなど、たわけたことをぬかしていたが、日本の金をそうした連中に捧げにいくようなものだ。正気の沙汰とは思えない。
 一時、堀江や村上などがはやったが、自分の金もうけしか考えていない連中に我々の未来を任せるべきではない。我々日本人はああした連中とは手を切って、皆が幸せになれる未来を目指すべきである。
 

2009年5月28日木曜日

もっと、気軽に

 もっと、気軽に思うがままにブログを書いてみようと思う。
 何か、書くとなったら格式張って難しいことばかり書こうとしてしまうが、そんな難しいことばかり人は考えているわけではない。もっと、自由に日々のふと考えたことなど気軽に書いて、思考の変遷をみるのもおもしろいだろうと思ったからだ。
 さっそく、今日は難波パークスで母のプレゼントを買った。チェブラーシュカの人形だ。 これは僕が母に動画を見せて、すごく母が気に入ったキャラクターだ。ロシアで生まれたものだが、これは日本のキャラクターではないかと思うほど違和感なく受け入れることができた。
 かわいいと思う仕草、声、シュチュエーションなど文化は違えど、ある程度共通するのだなあと感心した。
 チェブラーシュカの動画を貼っておく。

2009年5月17日日曜日

情熱の保ち方

 充実した日々を送ろうと努力していても、時には自分の夢を見失い、ダラダラと一日を過ごしてしまうことがないわけではない。本当に自分の目標に自分自身を向かわせ続けることは難しいと感じずにはいられない。
 とはいっても、ある日そのような弱さは自分のものだけではないと気づかされることがあった。しかもそれは経営の天才といわれた松下幸之助の言葉によってである。日本の国民の生活水準を上げるべく、努力を続け、松下を一大企業にした彼でもってさえ、継続する難しさを述べたのである。私は情熱の塊とも思える彼がそのような心情を述べたことに驚きと共に、このようなもろさは私だけの問題ではないと安堵を覚えた。かくいう私も、大学受験の浪人生の頃、志望の大学に入りたいとの夢はあるものの、ある種の身体的疲労感から、鬱々とした気持ちで勉強机に向かい、非効率的な日々を過ごしていたことがあった。本当にあの時の気持ちを思い出すと今でもぞっとする時がある。
 確かに、そのような内心的弱さを人間であるなら誰しもあるだろう。だが、私たちはそのような弱さを抱えながらも日々鋭意努力しなければならない。情熱の灯火が消えかけても、それを再燃させる力、またその灯火を絶やさないようにする力はどのように身を付ければよいであろうか。
 私は情熱の燃やし方には内面的方法と外面的方法があると考える。内面的方法とは自分の内部からやる気をおこすことである。例えば、自分の目標を毎日確認し、決意を新たにすることなどはこれにあたる。一方、外面的方法とは本や人との出会いなどにより、自分の外部からやる気をおこすことである。以下、それぞれの方法によりいかに情熱の炎を燃やし続けるかについて述べたい。
 まず、内面的方法であるが、この内面的方法はなかなか意識がされなく見過ごす点である。内面的方法とは既述のように自分の内部からやる気をおこすことであるが、それには確固たる目標が定まっている必要がある。目標が漠然としていては、どの程度の期間、どれくらいの努力が要するかがはっきりとしなく、やる気が起きないからである。例えば、同じ仕事をするにも好きなだけ時間をかけていいといわれるのと一日で仕上げるように言われるのでは自ずから熱の入れように差がでることからもわかるであろう。
 確固たる目標を掲げるのは大前提として、次に難しいのはその確固たる目標をいかに見失わず、自分の中で活かすかである。