充実した日々を送ろうと努力していても、時には自分の夢を見失い、ダラダラと一日を過ごしてしまうことがないわけではない。本当に自分の目標に自分自身を向かわせ続けることは難しいと感じずにはいられない。
とはいっても、ある日そのような弱さは自分のものだけではないと気づかされることがあった。しかもそれは経営の天才といわれた松下幸之助の言葉によってである。日本の国民の生活水準を上げるべく、努力を続け、松下を一大企業にした彼でもってさえ、継続する難しさを述べたのである。私は情熱の塊とも思える彼がそのような心情を述べたことに驚きと共に、このようなもろさは私だけの問題ではないと安堵を覚えた。かくいう私も、大学受験の浪人生の頃、志望の大学に入りたいとの夢はあるものの、ある種の身体的疲労感から、鬱々とした気持ちで勉強机に向かい、非効率的な日々を過ごしていたことがあった。本当にあの時の気持ちを思い出すと今でもぞっとする時がある。
確かに、そのような内心的弱さを人間であるなら誰しもあるだろう。だが、私たちはそのような弱さを抱えながらも日々鋭意努力しなければならない。情熱の灯火が消えかけても、それを再燃させる力、またその灯火を絶やさないようにする力はどのように身を付ければよいであろうか。
私は情熱の燃やし方には内面的方法と外面的方法があると考える。内面的方法とは自分の内部からやる気をおこすことである。例えば、自分の目標を毎日確認し、決意を新たにすることなどはこれにあたる。一方、外面的方法とは本や人との出会いなどにより、自分の外部からやる気をおこすことである。以下、それぞれの方法によりいかに情熱の炎を燃やし続けるかについて述べたい。
まず、内面的方法であるが、この内面的方法はなかなか意識がされなく見過ごす点である。内面的方法とは既述のように自分の内部からやる気をおこすことであるが、それには確固たる目標が定まっている必要がある。目標が漠然としていては、どの程度の期間、どれくらいの努力が要するかがはっきりとしなく、やる気が起きないからである。例えば、同じ仕事をするにも好きなだけ時間をかけていいといわれるのと一日で仕上げるように言われるのでは自ずから熱の入れように差がでることからもわかるであろう。
確固たる目標を掲げるのは大前提として、次に難しいのはその確固たる目標をいかに見失わず、自分の中で活かすかである。